4WDに関する自動車『レクサス IS』
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レクサス IS
BMW3シリーズやM・ベンツCクラスなどがひしめく激戦区に投入されたスポーティFRセダン
BMW3シリーズやM・ベンツCクラスなどがひしめく激戦区に投入されたスポーティFRセダン。ベースはクラウンだが、全長で265mm、ホイールベースが120mmもコンパクトにリファインされている。エンジンはすべてV6で、3.5Lと2.5Lの2種類。4WD車は2.5Lのみに設定されている。組み合わされるミッションは全グレードとも6ATで、本革巻きステアリングに装着されたパドルシフトによるシフトチェンジが可能だ。それぞれのグレードで豪華な本革仕様のバージョンLとスポーティ仕様のバージョンS(4WDを除く)を選択可能だ。(2005.9)
- ボディタイプ
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セダン
- ボディサイズ
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4575×1795×1430, 4575×1795×1445, 4575×1795×1435
- カラー
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ダークグレーマイカ, グレー, ブラック, 黒, レッドマイカクリスタルシャイン, 赤色, ライトブルーメタリック, 青色, ホワイトパールクリスタルシャイン, 白, ブルーイッシュパールクリスタルシャイン, シルバーマイカメタリック, シルバー, ベージュメタリック, ベージュ, ミディアムグリーンマイカメタリック, 緑色, ダークブルーマイカ, 紺色
- 排気量(cc)
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2499~3456
- 生産期間
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2005年09月 ~ 2006年06月
- その他画像
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リア画像
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インパネ画像
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インパネ画像
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4WD レクサス ISに関する旅行記
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リハビリを兼ねて久しぶりにお出掛けしました。
しかもビューーンと飛んで、ちょっと遠出。
Music is good medicine, Art is good medicine.
思い切って出かけて気分転換はできたけど、
あまりの暑さに帰ってきてから、またまたグッタリ中・・・2010/09/03 10:09:47
- ノルマンディー・ブルターニュの旅2008④モン・サン・ミッシ...
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日没後の薄暮にたたずむモン・サン・ミッシェル 2008.10.11
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この旅行記はyamada423の旅ブログの看板娘です。
どうぞ皆さん可愛がってやってください。
また不行き届きの点などありましたら、厳しくご指導ください。(笑)
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「ウィーン・ザルツブルグの旅」の次に連載を開始した「ノルマンディー・ブルターニュの旅」の一部を順序を変えてモン・サン・ミシェルを先行して公開することにしました。
理由は、ここ10年程ヨーロッパのツアーで特に人気の高いこの地を、多くの方に紹介して旅の楽しさを体験していただきたいのと、
夏休みから秋にかけて旅行される方が多いので、参考にしていただくためです。
事前のフォト体験旅行をどうぞ。費用はかかりません。
(写真60点)
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まえがき
私が写真を撮る際に最も大切にしているのは、被写体そのものよりも、そこに反射する光が作り出す輝きと陰影です。それが私が画家クロード・モネを好きな大きな理由です。
光の画家モネ(定説のようです)の「ルーアン大聖堂」連作や「積みわら」シリーズ、新国立美術館で公開した(8月16日まで)の「日傘を持った女」(2枚セットの1枚)、などが特にその光をモチーフにした作品と言われています。
私の今回の旅行記シリーズでもルーアン大聖堂、エトルタの崖、オンフルールのドック、モンサンミッシェルの朝夕などの撮影で光の捉え方に意を注ぎました。
旅行記を読み、写真をご覧いただくときに思い出していただければ嬉しく思います。
また旅先の雰囲気(臨場感)を出すため、できるだけ人物を写し込むことに心がけました。
写真の説明に不可欠なフランス語は日本語に翻訳しましたが、あまり自信はありません。
仏語は学生時代に東京日仏学院会話専門コースでしか学んでいませんので読み書きは苦手です。
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2008年10月7~16日(ノルマンディー、ブルターニュ、パリ)
今回の旅行は印象派を代表する画家クロード・モネが幼少時代から43歳で睡蓮の池で有名なジヴェルニーの家に移るまで主に活動したル・アーヴルおよびオンフルール、エトルタなど周辺の町を中心としたノルマンディー地方と世界遺産モンサンミッシェルが有名なブルターニュ地方を訪れました。(①~⑥を予定しています)
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2008年10月11日(土)オンフルールを出発の朝、外はまだ暗い。
7時半にタクシーを予約しておいたので少し前にフロントへチェックアウトに行ったが、誰もいないのでカードキーをカウンターに返してそのままタクシーに乗り込んだ。
運転手は30代と思われ、車はVWだった。助手席に案内してくれたので、少し走ったところで、このVWはいい車だねと言うと、VWパサードとのこと。日本で買うと400万円以上するだろう。
車は前席のほうが乗り心地が良いことを知ってか、客との対話を大事にしてか、助手席に案内してくれたこのプロの運転手を尊敬してしまいました。
フランス語しかしゃべらないので会話はあまり出来なかった。それでも途中霧が濃いところに差し掛かると、こういう日は晴れるよと教えてくれた。10分ほどで高速に乗りカーンには40分ほどで着いた。その日はモンサンミッシェルまでずーっと晴れだった。
8:43発の3両編成の列車はカーンCaenからブルターニュ半島を西へ進みCoutancesから南下してモンサンミッシェルPontorson Mt St Michaleまではちょうど2時間で着いた。(12ユーロ)車窓の景色は牧草地、とうもろこし畑、大きくない森などで山は見えない。
線路の両側にはずーっと木が植えてあるので景色を写すのは難しい。マニュアルフォーカスにして距離を∞にセットしておいて、植え込みの切れ目の瞬間にシャッターを押すしかないがそれなりにスピード感が出て悪くはない。
モンサンミッシェル駅は人気の高い観光地の最寄駅とは思えないひっそりとした小さな駅で、世界遺産登録(1979)で人気化する以前と変わらないのだろうと想像した。
ほとんどの観光客は車かバスを利用するので、駅の利用者は少ないのであろう。
駅前に停まっていたバスがモンサンミッシェル行きで、運転士に聞くと11:22発で10分少々で着くといっていた。予約したホテルは終点より手前1Km(実際は2Km)のホテル地区にあると教えてくれた。
Saint Aubert Hotelのチェックインは3時からなのでキャリーケースを併設のレストランに預けてモンサンミッシェルへ向かった。ホテル地区を抜けると頂上に修道院を擁する特徴ある島が見えてくる。まず目に入ったのは手前の草原でもくもくと草を食べている羊の群れで、首から上が黒いサフォーク種(Suffolk)である。
島の手前の駐車場には観光バスや乗用車が多数停まっている。ここもまっ昼間に着いたのでやや単調な景色だが夕方が楽しみだ。(前日のオンフルールも昼前に着いたが、ヨットが係留されたドックの夕方から夜の風景が素晴らしかった。)
島に着いて50m程行ったところにある王の門Tour du Roiから、300mほどある狭い上り坂の両側にひしめくように並んだレストランと土産物屋の一画を過ぎ、更に急な階段を100m位登ると修道院の入り口がある。
入口から続く階段を登ってしばらく並んだが列が一向に進まないので入場はあきらめた。キリスト教徒でもないし、まあいいか。43年前1965年に学生の時、四大学学生仏工業視察団(MJET)で来た時、少ない時間に急いで息を切らして上まで登った記憶がある。
修道院の尖塔は島内に入ってしまうと見える場所が限られてしまうが、周囲の海は干潮で遠くまで干潟になっておりウォーキングツアーの人々までがよく見える。
降りてくる途中で周囲の町並みの屋根や煙突、屋根裏部屋など、下からは見えないものが見られて面白かった。どこを歩いても階段と坂の連続で、現代のバリアフリーの概念の対極をなすもので歴史の重さを感じさせる。
島で一番有名なラメール・プラーの別館での昼食には名物のオムレツをたのんだが、泡立てた卵の玉子焼きで、内部は生のままでおいしいとは思わなかった。電子レンジがあればチンしたかった。
ただ海に面した席からの眺めは大変良かったので後悔はしていない。
ここのお土産は羊のぬいぐるみ(自分のコレクション)とキッチン手袋(ミトン)。裸足で干潟のウォーキングツアーから帰っ女性の足の写真を一枚。
帰りも島を時々振り返りながら何枚か撮ったり、羊の群れが背から陽を受け、その影が一体で揺れる様に見入ってしまったり、気の向くままの足取りでホテルへ戻った。
レストランに預けたキャリー・ケースを受け取り、チェッ・クインを済ませ、昼の部を締めくくる入浴・昼寝タイム。おやすみなさい。
7時ごろ三脚とカメラだけを持って夜景の撮影に出かけた。ちょうど沈む太陽の撮影にギリギリ間に合った。日没後の空の色の変化はいつ体験してもその美しさに感動させられる。
赤から赤紫、やがて赤みが薄れてトキ色、さらに赤みが消えて青灰色、薄闇の青、群青の濃闇へと一時間もかからない。昼間の帰りに目星をつけておいた水面に島全体が映る場所に三脚を据え撮影準備を整えた。
待つことしばらく。やがて少しずつライトアップが始まった。西の空の残照とライトとの割合の変化で微妙に変わってゆく夕景色を撮っていると、今自分がそこにいて、何の制約もなくそれが出来ることに感謝し、そのこと以外何も考えていない。撮影はすべてマニュアルモードにしてモニターでチェックしながら満足いくまでトライした。
帰りがけに隣のレストランLe Bergerieで夕食をとった。前菜のスモークサーモンとメインにはここの特産である羊のロースト(超美味)、赤ワイン、紅茶(35ユーロ)。
心の中で羊に手を合わせる。羊さん ありがとう。
10月12日(日)
モンサンミッシェルの夜明けを見ようと手ぶらで出かけたが、東の空が赤みをさしてきたので失敗に気付き、急いでカメラを取りに戻った。8時過ぎても地平線あたりの雲が邪魔して太陽がなかなか顔を出さない。
日の出前の空を海から陸に向かって多数のカモメと思しき群れが、時にはばらばらに、次には隊列いわゆる雁行をなして飛んでゆくのが、その鳴き声とともに印象的だった。
これこそ私の旅の目的である、「非日常の体験」である。
8時40分ごろになってやっと雲間から太陽がのぞいた。おもわず両手を挙げて拝んだ。修道院のガラスに反射する朝日を眺めて写し、モンサンミッシェルの予定をすべて無事に完了。(拍手)
今日の目的地ブルターニュ半島西端のカンペールにはレンヌまでバスで行き、そこから列車に乗る。
撮影CANON EOS40D EF-S 17/85 IS USM
「モン・サン・ミッシェル昼・夜・朝2008」増補版をご覧いただきありがとうございました。
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<編集履歴>
私の予想ではこのモンサンミッシェルの旅行記が最も多くの訪問者の関心を集めると思います。
ご感想やご質問などはぜひ掲示板にお寄せください。
今後の旅行記の編集の参考にさせていただきたいと思います。
編集・公開 2010.6.8
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予想した通り、今人気の観光地だけあって2日で150を超えるアクセスを頂きました。この旅行記の写真40枚の選考に漏れた画像が100枚ほどありますので、二次選考して80枚前後の写真で構成した「モン・サン・ミッシェル昼・夜・朝 2008続編」を編集・公開いたしました。
スライドショー感覚で見られるように、説明は簡単にしました。
昨日6月14日に公開しましたので、本編と合わせてお楽しみください。
2010.6.15
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7月23日 増補改訂
続編の写真20枚をここに編入し「モン・サン・ミッシェル昼・夜・朝2008」の充実をはかりました。(写真総数 60枚)2010/09/02 09:09:29
- 砂漠だぜ!! 『ワディ・ラム』 2008 IN ヨルダン!!...
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アカバからワディ・ラムへ☆
ワディ・ラム→ベドウィンが運転する40年ぐらい前の4WDの(ROVER)で砂漠を快走☆☆ 爽快だった☆
ベドウィンは、無免許で運転しているが、運転はうまかった!!2010/09/01 09:09:46
- 2009ウィーン・ザルツブルグの旅(総集編)(写真増補)...
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ウィーン ベルヴェデーレ庭園のライオン天使像 2009.10.12
2009ウィーン・ザルツブルグの旅10(写真増補版 72枚 2010.9.1)
この旅行記は公開後、日付毎に分割編集しました①~⑦
写真の枚数も全部で280枚に増補しましたのでたっぷりご覧になれます。興味ありましたら元画像に拡大して御覧になることをお勧めします。
細部まで見ることができます。拡大は無料です(笑)
2009年10月5~14日
年に一度の今年の海外旅行はクラシック音楽の中でも私がもっとも多くの好きな曲のあるモーツァルトが生まれ活躍したザルツブルグとベートーヴェンゆかりの地ハイリゲンシュタットがあるウィーンを訪れました。
ウィーンは5年前に中欧3国のツアーで一度立ち寄りましたが再度たずねたくなる魅力あふれる街で、今回はオ-ストリア1カ国に絞り、ハプスブルグ王朝の文化遺産と音楽と自然の美しさを堪能した旅でした。
10月5日(月)
出発便 成田発アエロフロート・ロシア航空SU582便 12:00発 エアバスA330-200
モスクワにてSU263便 エアバスA319に乗り換えウィーン着22:00 (時差7時間)
今回は直行便ではなくモスクワ経由としたのは運賃が約半額であるのと帰りにおみやげにマトリョーシカ(木製重ね人形)を買うためである。
インターネットで調べたアエロフロートの評判は芳しくなかったが、実際には機材は真新しい機体で、機内食も他のキャリヤーと変わらなかった。違いは日本人の乗務員がいないことぐらいであった。格安航空券ではなくペックス・スーパーバリュウというお買い得チケットで十分満足できた。
エアバスA330は240人乗りの中型機で座席は2-4-2列。ジャンボジェットよりもこじんまりして落ち着ける感じだった。
モスクワまでの隣席は大卒後専門学校の学生で、来年3月に卒業予定で友人と3人(一人は韓国人)でプラハに行くのだという。
機内食の最初の昼食は特に印象には残らないが、夕方に出た二度目(軽食)のラザニアはとてもおいしかった。
ちょうど10時間でモスクワのシェレメチェボ空港に到着。外は小雨で11℃とのこと。
着陸寸前に上空から見たモスクワの印象は緑が大変多い街であるということだ。
トランジットの保安チェックは、特に手荷物・身体チェックに手間取り、全員靴まで脱いだ。
それが済むと待合スペースで、みやげ物店、免税店、飲食店などかなり多くの店が連なるターミナル2の内部はネットの書き込みとは異なりかなりゆったりして椅子の数も十分だった。
出発まで2時間以上あるのでIrish Barでスモールラガーをたのんだら105ルーブルだった。(後で調べたら1ルーブルは約3円強)
ウィーン行きは14番ゲートで、近くの12番ゲートでは東京行きの搭乗が始まっていた。
2時間半ほどの飛行でウィーン空港に着き22:30発のリムジンバス約20分で中央駅まで行き、そこからタクシーで市庁舎裏のRange gasse(ランゲ通り)のHotel Zisperに到着。
三ツ星ホテルでバスタブ(浴槽)は無いが熱い湯が出たので温熱療法のようで気持ちよかった。水道水はアルプスの雪解け水が源なのでそのまま飲んで差し支えないと書いてあった通りで、カルキ臭もなくおいしかった。無事に到着して一安心。ホッ!
10月6日(火)
3時半に目が覚めてしまったが、二度目は目覚まし時計で6時半に起きた。食堂は地下にあり、ビュッフェ形式でかなり豊富な食べ物が用意されていた。ハム、ソーセージ、チーズ、ヨーグルト、各種ジュース、牛乳、ジャム類、シリアル、フルーツ類などと、保温容器に入った焼きベーコン、卵料理。
一日歩き回るので朝食をしっかり食べることは重要なので助かる。マダムがティーorカフェと聞いてテーブルまで運んでくれる。食後玄関を出て空を見上げると晴れていた。
フロントで最寄りの地下鉄駅Rathaus(市庁舎)を教えてもらった。市庁舎は中央にゴシック建築の尖塔のある巨大で豪華な建物で存在感に圧倒されてしまう。
その横を通ってフォルクス庭園(市民庭園)へ行くと花の時期を過ぎたバラ園の彼方に市庁舎の塔が朝日に輝いていた。公園では遠足に来ていた小学生たちに出会った。
続いてホーフブルグ(王宮)のシシー博物館と皇室の居室、宮廷銀器コレクションなどを見学した。最後にここに住んだ皇帝フランツ・ヨーゼフ皇帝夫妻の居室やエリザベート皇紀の生涯、膨大の数の銀食器や陶磁器、金メッキのダイニングセットなどハプスブルグ家の栄華を偲ぶことが出来る。シニア割引のある入場料には日本語のオーディオガイドも含まれているのでたっぷり見ることが出来たが、ガイドツアーのグループも多く、追い越して進まないといつ終わるかわからないようだった。
見学の後、地下鉄Nestroyplatz駅近くのミキ・トラベルに行って明日の「ウィーンの森半日観光」(E58)(Eはユーロ)と12日の楽友協会ホールでのモーツァルトコンサートのチケット(E54)を購入した。
シュテファン広場Stephanplatzへ戻りグラーベン通りのオープンカフェでシュリンプサラダとビールの昼食。足取りが重くなったがシュテファン寺院裏のモーツァルトハウス・ウィーンに行くことにした。モーツァルトはウィーンに11年間住んだが9回も引っ越したといわれ、ここが唯一現存する家だ。
アパートメントの1~3階を占める10以上の部屋があり、ビリヤード台のあった12畳ぐらいの広い部屋もあって経済的に余裕のある時期を過ごしたのであろう。賭け事も好きで借金に苦労した時期もあったそうだ。ここでもオーディオガイドが役立った。「フィガロの結婚」はこの家で書かれた。
午前中は雲が多かったが午後は快晴となり陽射しが強く、暑くてコートは着ていられない。写真はコントラストが強すぎて具合がよくない。シュテファン寺院の中に入ってベンチで休憩しながら日記を書いている。
ケルントナー通りをそぞろ歩きながら路地奥の郵便局で絵葉書用の切手を買った。郵便局は文具なども販売しているコンビニもかねているよううだ。看板もポストも黄色がシンボルカラーらしい。帰りがけに明日の午後の集合場所ALBERTINA美術館を確認に行くと客待ちの観光馬車フィアカーが何台もとまっていた。
ホテルに戻って一休みし、着替えてから帰りにホテルの近くに見つけたAdam’sというビァレストランへ出かけ、ターフェルシュピッツというウィーンの名物料理をたのんだ。
コンソメスープで茹でた牛肉の薄切りに擦り下ろしたホースラディッシュ(西洋わさび)と付け合せに細切りポテトのソテーが付く。さっぱりした味でビールにもよく合う。
今回は歩数計を携帯することにした。本日の歩数:19010歩
10月7日(水)
夜中の雨音が激しかったので心配したが朝は見事に晴れていた。市庁舎方向に向かって昨日より一本南側の道から国会議事堂の脇に出た。さすがかつてのオーストリア帝国の議事堂だけあり立派で、民主主義発祥のギリシャの建築様式を取り入れているのだそうだ。
リンクRingと呼ばれる環状大通りを少し行くと、内側の王宮庭園には白い大理石の大きなモーツァルト像が建っており、前の芝生には赤いベゴニアで描かれたト音記号が美しい。
外側にはマリアテレジア広場を挟んで自然史博物館と美術史美術館が同じ形の美しい姿を並べている。今回は美術史美術館のみに入った。内部の中央階段や天井画、大理石の床の模様なども豪華なものだ。たくさんの絵画の中ではブリューゲルの「雪中の狩人」「農民の婚礼」「バベルの塔」、ヴェラスケスのスペイン王女マルガリータ・テレサの肖像連作などがよく知られている。2階ホールのゴージャスなカフェ・ゲルストナーCafé Gerstnerにてコーヒーで一休みし、隣席の人と写真を撮りあった。
午後のウィーンの森半日観光の出発はアルベルティーナ美術館前からで、女性ガイドの館野さんと参加者7名が9人乗りのワンボックスカーで出かけた。ウィーンの森南コースは市内から小1時間で着き、最初に寄ったのはリヒテンシュタイン城で外観の見学のみ。
次は石材採掘跡の地底湖SEEGROTTEで、地下20米ぐらいで6千平米もあり透明度の高い神秘的な湖だ。暗闇の湖をボートで一周した。気温は9℃一定で湿度は97%もあるそうだ。ここにはナチスの戦闘機部品工場跡が残されている。
カフェタイムの後、シューベルトが「冬の旅」の「菩提樹」の曲を書いた宿の跡のホテルに寄り2代目の菩提樹と泉(手漕ぎの井戸)を見学した。最後は女子修道院マイヤーリングを見学して6時少し前に市内へ戻った。
ウィーンの森の想像したイメージはもっと木々が生い茂った深い森であったが、実際は箱根や軽井沢に近い印象だった。
夕食には早すぎたので王宮沿いにぶらぶら歩きヘラクレス像が4体も構えるミヒャエル門にさしかかった。ここも名所らしく観光のグループがいくつも見られた。
そこからグラーベン大通りの途中にブランドショップが並んだコールマルクト通りがあり、ショーウィンドウの写真が一番きれいに撮れるたそがれ時を迎えていた。
夕食はオペラ座近くの天満屋にしようと思っていたが少し遠いので近くにあったシーフード店NORDSEEに入って白身魚のグリルにマッシュルームソース、ポテト、白ワイン1/4ℓ。
E16.25の内ソービニオンブランのワインがE7で魚より高かったがベストチョイスだった。
食後はグラーベン通りやアンティーク通りなどをそぞろ歩き、ショーウィンドウやにぎやかなレストランのテラス席を写したりしながらシュテファン広場に行ってみると、大勢の人だかりの中で若者たちが片手倒立などのマッスル大道芸に興じていた。
本日の歩数:19146歩
10月8日(木)
午前中にザルツブルグに着きたいので6時前に起きた。朝食に行ったらまだ一組しかいなかった。7時にチェックアウトして地下鉄駅Rathausに向かう途中、正面から昇ったばかりの朝日がまぶしかった。途中Volkstheaterで乗り換え7時半にはウィーン西駅に着いた。
切符売り場を探しザルツブルグ行き2等片道を買った。(E47.5 317Km)
列車は6番ホーム8:20発ザルツブルグ経由ミュンヘン行きで暗赤色の機関車が牽引する。ECONOMY KLASSと書かれた2等車両はFIRSTより少なく混んでいた。隣席は日本人でフルートを持った女の子を連れた知り合いらしい男性で、レッスンの合間に今日はザルツブルグへの日帰り観光とのこと。
ハイスピード列車という車内放送があったがモニター表示では200Kmまでだった。
ザルツブルグへ近づくにつれて山と牧草地が混在するアルプスのような風景が多くなってきた。11時少し過ぎに到着した。西口駅前はバスの発着所や低層のオフィスビルが多い商業地域で観光地の雰囲気はまったくない。
ネットで予約したホテルLasserhofは駅の南側の線路をくぐった東口側にあり、歩いて行ける距離で外観からすぐにわかった。昼前でチェックインは出来ないので荷物を預け、市内観光地図を貰って新市街の中心にあるミラベル広場向かった。
そこのパノラマツアーの案内所で湖水地方のザルツカンマーグートSALZKAMMERGUTをめぐるツアーを申し込んだ。(E50)今日はまずまずの天気だが明日から悪くなるとの予報なので予定を早めて今日の午後行くことにした。
ミラベル広場では大規模なマーケットが開かれており、野菜、果物、パン屋、肉類、チーズ、お花、リース飾り、雑貨などを商う店やその場で食べられる料理を出す店などで中心にある教会の周りが埋め尽くされていた。
そこでグヤーシュというハンガリー料理が元でパプリカ味の肉、野菜たっぷりのスープを昼食にした。
マーケットは秋の味覚にあふれており、めずらしいキノコ類やカボチャ、動物の人形など見飽きることがない。客と売り手のやり取りも活気があって写真の好材料だ。
2時出発のツアーは「サウンドオブミュージックツアー」といい、物語に登場する土地や教会などを訪ねるもので参加者10人が大型バスで出かけた。ガイドはこちらに13年住んでいる高森さんという男性で、「ザルツブログ」を書いているとのこと。
フシュル城、サンクト・ギルヘン、湖上遊覧、サンクト・ヴォルフガング、モントゼーなどをめぐる4時間のツアーでは映画の場面と関連付けて説明してくれたが、私は見ていないのでなんとも。でも湖上から眺める景色はすばらしく、緑の牧草地、花に飾られた家々、教会、ホテルなど、絵のような、という表現がふさわしい。
サンクト・ギルゲンのモーツァルトハウスの前ではモーツァルト像の前にたむろする少年たちに撮ってくれよとせがまれた。モーツァルトの母と姉が住んでいた家が今は役場Rathausになっている。
6時近くにミラベル広場へ戻った。今日の明るい曇り空は写真撮影には最適だった。
ザルツブルグSALZBURGはその名の通り塩で栄えた都市なので、みやげに岩塩を買った。
夕食はホテル近くのビァレストランPitter Kellerへ入った。オーストリアではドイツの影響が大きいためかワインよりビールが多く飲まれるらしくビァレストランはよく見かける。小グラスビールに1/2フライドチキンとポテトサラダでE13.80 レモンが半個ついておりさっぱりとした味で、酸味が少々強いポテトサラダとともにこれがオーストリアの味か、と思いながら食べた。本日の歩数:18696歩
10月9日(金)
3日間かなり歩いたので今朝はゆっくりすることにした。でも昨夜は9時過ぎには寝てしまったので7時にセットした目覚ましは必要なかった。
7時半に食堂へ行っても早いせいかまだ客は少なかった。ビュッフェスタイルの朝食はウィーンと同じほどの品々が揃っており十分満足できた。特に果実の絵が描かれた容器に入った6種類のジャムは気に入った。
初めて絵葉書を書いた。切手はウィーンで買っておいたので出かけるときにポストを探しミラベル公園近くで投函した。ホテルの出がけにフロントで乗り物や名所の入場が出来るザルツブルグカード48hr E32を買った。大変便利でお得なカードだった。
ミラベル公園の庭では赤いベゴニアで描かれたあざやかな模様が印象的で、遠くにお城を望む構図はガイドブックの「るるぶ ウィーン・・」の表紙そのものだ。
公園を出てすぐ近くのマルカスト広場に面したモーツァルトハウスを見学した。ここは二度目に住んだ家で、オーディオガイドで曲の演奏も聴けてすごくよかった。聴いたことのない多くの作品が紹介されて、あらためてモーツァルト好きが高じてしまった。
次にバスも通る大きな橋(ザルツァッハ川に架かるシュターツ橋)を渡り旧市街へ向かった。市街へ入ったとたん、狭い道の両側にびっしり立ち並んだ家並みは5,6階建てぐらいで、想像していたのとは大きく異なり見渡しが効かない迷路のようだった。
モーツァルト広場を横切り、歴代大司教の宮殿であるレジデンツを外から、大聖堂のドームには中へは入って見学した。数々の絵がちり嵌められた天蓋は実に見ごたえがあり、立派なパイプオルガンは見るだけではもったいない。このオルガンはヨーロッパでも最大規模でモーツァルトも1779年から奏者を務めたそうだ。
レジデンツ広場から南に見える小高い山の上にあるホーエンザルツブルグ城へ行くことにした。まずケーブルカーで登り、城塞の外周に着くと、そこからザルツブルグ市全体が見渡せる絶景に出会うことが出来る。
城のミュージアムでは築城の様子や武器の類、城での生活の様子、楽器などいろいろあって書ききれないが、いずれも面白かった。城の中庭で会った花嫁さんやお茶目な男の子など写真を撮らせてもらった。
見学途中で昼食代わりに持ち合わせのスナック菓子しか食べていなかったので、城を下りてガイドブックで探した有名なカフェ・トマッセリCafé Tomaselliへ入った。コーヒーをと言っていろいろ種類があって迷っているとウェイターが行ってしまい、再度来たときにブラックティー(紅茶)を注文するとChanged your mind?と怪訝な顔をするから、そーだよ、コーヒーは選ぶのが難しいからと笑いながら言ってやった。
有名なケーキはウェイトレスがトレイに載せてきたのを選び会計も別々だった。いくつもの層の間にフルーツが入った食べ応えがありおいしいケーキだった。
一息入れたので旧市街の中心部にあるモーツァルトの生家Mozarts Geburtshausへ行ってみた。外観の黄色い壁はよく手入れされた感じで、内部には幼いころのヴァイオリンや鍵盤楽器、楽譜、肖像画、書簡などが多数展示されている。
街一番の繁華街のゲトライデ小路Getreidegasseには店のシンボルを表現した鉄細工の看板がたくさんあり、絵になる風景だ。写真の題材として格好の被写体である。
5時を過ぎてこの後どうしようかと考えながらぶらついていると、同じ場所を堂々巡りしてしまい我ながらいやになってしまった。昨日のガイドが推奨していたザッハーホテルHotel Sacher Salzburgのレストランに行くことにした。
Salzach Grillでウィンナーシュニツェルと赤ワイン。薄い牛肉のパン粉をつけたカツではなく天ぷらのような衣をつけて揚げたもので、色はキツネ色ですごくおいしかった。支払いのとき請求書が挟まれた折片紙に店名、メニュー、日付などを書いてサインしてもらった。
ホテルにはピアノバーがあると書いてあったので行ってみた。そこでゆっくりとピアノを聴きながらバランタインのロック。宿泊のホテルは一泊E59の三ツ星だがザッハーホテルでの食事やバーの雰囲気はなんと贅沢な気分になれるのだろう。(食事とバー合わせてE55)
隣の席の子連れの夫婦が「どこの国から来たの?」と声をかけてくれたので話が始まり、彼らは奥さんがドイツ人で旦那はユーゴスラビア人。12,3歳のはにかみ娘だった。
トイレから戻ってくるとピアノ演奏がまた始まっており2杯目のスコッチを注文した。
今夜はまさに至福のとき。音楽好きの連れがいればとの願望は贅沢すぎるというもの。
歩いて帰るころにはしっとりと小雨が降り始めていた。楽しい一日を無事にホテルに戻れて感謝〃〃 。これだから一人旅はやめられない。 本日の歩数:13905歩
10月10日(土)
夜間に少しではあるが降っていたので天気が気になったが朝にはやんでいた。旧市街の主要なところは昨日見て回ったのであまり急ぐ必要もなく、ゆっくり朝食をとった。
今日はバスに乗ってみることにして、フロントで地図にあるバス停の○印とバスの進行方向を確かめた。ザルツブルグ議会の前で乗り、橋を渡ってモーツァルト広場で降りた。
まだ10時前なので観光客は少なく、とりあえず広場に面したインフォメーションiで明日の列車の時刻表をもらい、すぐ前のザルツブルグミュージアムを見学した。古代遺跡の発掘品や音楽関係の展示、地下の絵画などを見たがあまり印象は強くなかった。
その後セントピーター寺院の教会コンサートのチケットを買いに行ったが、寺院では売っておらず結局i内のチケットサービスで手に入れた。(E18)
モーツァルト広場では高校生のバンドの演奏が始まり大勢の見物客が取り囲んで聴き入った。広場近くのMOZARTというカフェでツナ入りのスパゲティーを食べたが塩味がかなりきつかった。このころから薄日がさしてきた。コップの水がご馳走だった。
旧市街を東に向かい祝祭劇場東端のカラヤン広場前から22番バスで郊外まで行ってみた。住宅街からすぐに田園地帯に出てしまい町が大きくないのがわかった。25分ぐらい西に走ると遠くに城塞がよく見えた。終点でしばらく停車したあと元の停留所Karajan-Platzまで戻り、マカルト小橋たもとにある遊覧船の発着所に行き16時発のチケットを買った。
乗船まで1時間以上あるのでいったんホテルへ戻る途中、橋の上でカモメにパンを投げ与えキャッチするところを写して遊んだ。実に上手に捕るものだと感心した。
ミラベル公園横のフュルストFurstでおみやげのモーツァルト・クーゲル(球形のチョコレート菓子)を買った。ザルツブルグでしか買えないと8日のガイドに言われていた。
16時に曇り空の下で出発した遊覧船は満席だった。350馬力のエンジン搭載とアナウンスしていたが、スクリューではなくジェット噴流で推進力を得る形式のためと後方デッキにいたのでやけに音がうるさかった。船上からも城塞がよく見え、やはりザルツブルグのシンボルなのだと感じた。
7時からのセントピーター寺院でのモーツァルトコンサートは半地下にあるロマネスクホールというそれ程大きくないホールなので身近で聴けて大変よかった。50人ほどの聴衆は私を含め殆どが年配の人で「年金コンサート」のようだった。ピアニストはナターシャ・ルバネンコというロシア人で曲目はソナタKV570とKV331の2曲。後の曲は最終楽章が「トルコ行進曲」として有名な曲だ。 本日の歩数:16638歩
10月11日(日)
明け方音を立てて雨が降っていたので今日は一日だめかという気がして少々気が重い。
でも8:08の列車でウィーンに戻るのでしっかりと朝食を食べて支度をした。
7時半にチェックアウトして外に出てみると小雨。傘を広げてキャスターケースを押しながら駅に向かった。切符売り場は臨時のプレファブの建物内でそこには大きなロッカールームがあった。出発は「8:08ウィーン西駅 4番線」の表示で確認した。
車内はガラガラでテーブルのある4人席を最初一人で使った。車内で大いびきをかいて寝ている人がいて、周りの人と顔を見合わせてクスクス笑ってしまった。
座席のあちこちに赤いパンフレットが置いてあるので中を見ると、この列車の終点までの停車駅と時刻、駅ごとの接続列車の時刻などが詳細に記載された時刻表で、終点のウィーン西駅からの空港バスの時刻まで載っている。なんと親切で実用的なのかと感心した。
9時半にリンツ(オーストリアで人口が第二の都市)に着くと一人でいた席に3人家族が着いた。ウィーン大学の学生であるという娘と父親の写真を撮らせてと頼んだら、娘は「オーストリアのファミリーとして撮って」と言うのに父親は照れて目を閉じてしまった。
撮れたのはほのぼのとしたファミリー写真だ。置き場に困った父親の右手が・・・。
列車は定刻に着き、ウィーン西駅からホテルのあるPilgramgasseまでは地下鉄で4駅と近い。駅の目の前が今日の4つ星ホテルANANAS。昼前であったがすぐにチェックインできた。豪華さはないが部屋の広さもゆったりとして十分。なによりバスタブがあるのが気に入った。一週間湯舟につかっていないのでゆったり入って疲れを取りたいと思っていた。
ウィーンに着いたときには雨はすっかり上がり薄日が差していたので、一休みしてから本日の目的地のベートーヴェンゆかりの地ハイリゲンシュタットへ向けて出発した。市の中心から5Kmほど北にありベートーヴェンハウスと小川に沿ったベートーヴェンの散歩道がある。
ガイドブックの地図を見ながらベートーヴェンハウスを探した。地元の婦人にたずねると親切に教えてくれた。十字路にある教会が目印で、ベートーヴェンの夏の家(外観のみ)と難聴に苦しみ兄弟宛の遺書を書いた「ハイリゲンシュタットの遺書の家」を見学した。こじんまりした家でザルツブルグやウィーンのモーツァルトハウスと比べると質素な感じだった。でもデスマスクや遺髪などを見ると真に迫るものがある。
そのあと落ち葉を踏みしめながら英雄通りEroicagasseを通って「田園」の曲を構想したといわれるベートーヴェンの散歩道Beethovengangを歩いた。水の流れは幅50cmぐらいでほんとうに小川だ。周辺は秋の落葉で彩られて、のどかだがちょっとうら寂しさが漂っている。新緑のころはまた異なっているのだろう。交響曲第6番「田園」は多分春から初夏にかけて書かれたものだろうかと考えた。小鳥のさえずりや雷など生き生きした感じがするので。
西のほうへ更に行くと上り坂となり、小高くなった丘陵地帯にブドウ畑が広がっていた。
住宅街に戻るとさまざまな色合いの美しい家が並んでおり、ウィーンの住宅建築の展示場を見ているようで、しかも自然とよく調和している。
ヤリスYaris(トヨタヴィッツの欧州生産車)の手入れをしている女性がいたので、ヤリスですねと声をかけると、「この車5年前に買ったけれどすごく気に入っているのよ」と笑顔で答えていた。ワイパーに積もった黄葉が季節感をかもし出していてよかった。
だいぶ歩いて疲れたので、車が通れない小道を通って市電の終点グリンツィングGrinzingまで歩き、駅前のカフェPUCCO’Sに入って紅茶とケーキで一休みした。
帰りは市電38番に乗ってKarlsplatzまで戻り夕暮れ時のオペラ座や周辺の景色を写した。
夕食は初めて日本食をと思って天満屋へ行った。てんぷらメニュー(刺身、ひじきの煮つけ、たっぷりのてんぷら、ご飯に味噌汁)とキリン生ビール、グラス白ワイン(E40)
8時ごろホテルに戻り、フロントで変圧器を借りた。携帯に充電しないとメール写真が写せなくて困っていたところだった。四ツ星ホテルのありがたさだ。本日の歩数:18136歩
10月12日(月)
ウィーン最後の日は雨で始まった。テレビの気象予報では曇りで気温は12℃。小雨の中をベルヴェデーレ宮殿美術館のクリムトの絵を目当てに出かけた。最寄の駅から10分もあるが仕方がない。
途中で同じ宮殿に向かうオーストラリアから来た老夫婦と一緒になった。It’s a long wayと同じように感じていたようだ。宮殿は左右対称の立派なもので、緑青色の屋根が美しい。展示は3フロアあり、目当てのクリムトは2階で、有名な「接吻」以外にも風景画なども含め多くの作品があった。
「接吻」は1908年作で国立美術館に即買い上げられたそうだ。日本語のオーディオガイド付きなので他のオーストリアにかかわりの深い画家や宗教画などもある程度理解できた。
北側には広々とした庭園があり、ベージュと茶の二色の砕石と芝生や植木で描かれた美しい模様がどっしりとした石造りの宮殿を優美に見せている。芝生を嘴でほじくり返すカラスは小柄だが悪質に見えた。庭園北側にあるバロック美術館は素通りしてベージュと茶の2色の壁が美しい楽友協会の横を通って繁華街へ出た。途中グランドホテルの中をのぞいたら地下に野菜、果物、肉、パンなど豊富に並べたデパ地下ならぬホテ地下が見えた。
昼食は天満屋となりのMAMA’S KITCHENというウィーン料理の店に入った。見て、中身を聞いてたのんだのは、パンと卵などを混ぜた大きなパン団子(クヌ-デル)をスープで茹でたものを、肉と野菜の煮込みと一緒に食べるもの。
一緒に食べると塩味がちょうどよい。煮込みは酸味が効いてシチューとは違った味だ。食後はケルントナー通りをぶらつきながらおみやげのモーツァルト・チョコレートや民芸品などを買った。
夜のコンサートに備えてひとまずホテルへ戻り、ほかに客のいない一階のカフェで紅茶を飲みながら日記を書いている。ガラス天井からのやわらかい光が気分をほぐしてくれる。
楽友協会はKarlsplatz駅からすぐで7時半にはついた。ロビー横のクロークにコートを預け、バウチャーと引き換えにチケットを受け取った。ミキトラベルへ行って購入したのはE54の席だが、受け取ったのはE79の前から6列目のよい席だった。
本日のプログラムをE5で購入。7:40にブザーが鳴って入場開始。この楽友協会大ホールは毎年ニューイヤーコンサートが行われ超有名なだけあって、開始前の記念撮影で舞台の前は混雑した。
ウィーンモーツァルトオーケストラによる演奏のプログラムは前半が交響曲35番、94番、ドンジョバンニ、フルートとハープのための協奏曲など、後半はフィガロの結婚、アイネクライネ・・・など。いろいろな種類の音楽が聴けてすごくよかった。オペラなどふだん聴く機会は無いので。アンコールも大サービスで、フィナーレは新年と同じラデツキー行進曲で聴衆も手拍子で歓喜に酔いしれた。
ホテルに戻ってから1階のバーでワインを飲んだ。旅行の最後の夜のすばらしいコンサートの後なので、ほっとした安堵感と疲れが入り混じり、いい気分でこの旅行を思い返した。
本日の歩数:約16000歩(13日空港で20826歩)
10月13日(火)
昨日の天気とはうって変わり朝から快晴だった。テレビの気象番組によると朝6時の気温は6℃で日中の最高気温が8℃とのこと。8時にはすべての帰り支度が整い空港に向かうには1時間早すぎるのでホテルの近辺に出かけてみた。
外は風がすごく強く、すぐにコートの襟を立てた。日が昇って間もないので、通りの一部や高い建物の上部だけがまぶしいほどの陽を浴びて輝いている。すぐ近くの教会の白い塔が真っ青な空にそびえていた。
このあたりでは通勤や通学、買い物などごく普通の生活が見られ、繁華街とはまったく異なる雰囲気が興味深い。交差点の近くにCAFE KONDITOREIというカフェがあったので朝食に入った。
(ANANASの朝食はオプション)メニュー看板でEgg Breakfastを注文すると、オレンジジュースのあとしばらくして出来立てのゆで卵、あたたかいパン、クリームでハートの模様を描いたウィンナコーヒーが運ばれてきた。
年配のマエストロはカフェ店主らしく気の利いたサービスをしてくれた。ホテルのビュッフェ朝食ではこういうことはない。ホテルの裏側へ回ると地下鉄駅PILGRAM GASSEの昔ながらの年代を感じさせる立派な出入り口があり、朝の通勤客が急いでいた。
9時過ぎにチェックアウトを済ませ、中央駅からは9:40発の空港ライナー16分で着いた。
帰国便 ウィーン発アエロフロート・ロシア航空SU262便 12:00発 エアバスA319 モスクワにてSU575便 エアバスA330に乗り換えモスクワ19:20発 成田着10:00
モスクワではお目当てのマトリョーシカ(木製重ね人形)を7体重ねと5体重ねの2個買った。
モスクワを出発するとき時差を1時間間違えて危うい思いをした。乗り継ぎ便での一人旅ではくれぐれも注意が必要だと思った。成田到着は予定より少し早く9:23に無事着陸した。
◇ 今回の旅行記はこれで終わります。ウィーンとザルツブルグの二都市での連泊のため移動の疲れは少ない代わり歩いた距離は約80Km(13万歩)に達しました。
◇ 天候はおおむね良好で傘をさして観光することはありませんでした。気温は6日午後の28℃から13日朝の6℃まで変化は大きかったですが湿度は低いので不快なことはありませんでした。晴れたのは3日間だけで、あとは曇りや薄日が差す天気で、写真撮影にはコントラストが強すぎずかえってよかったと思いました。
◇ この旅行記は撮影した写真の解説書も意図していますので駅や通りや店の名称など原語も併記したところがあります。
◇写真機材 カメラCANON EOS40D EF-S 17-85 IS USM
Nikon COOL-PIX 5400(楽友協会ホールの写真)
◇費用精算 航空券(諸税、手数料含む) \75410
ホテル(3箇所 8泊) \76380
交通費(ザルツブルグ往復含む) \25270
オプショナル半日ツアー、コンサート各2回 \24120
入場料、食事、カフェ、バー \43310
おみやげ \27250
モスクワでのおみやげ、飲食 \20290
合計 292030円
為替レート 1E=134円 1ルーブル=3.1円
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日付毎に編集した①~⑦の写真総数は280枚あります。
編集・公開 2010.5 yamada423
写真増補改訂 2010.9.1(72枚)2010/09/01 12:09:03
- ★魅惑のTunisia紀行⑧~Tozeur~★...
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アルジェリアの国境付近、アカデミー賞を受賞した映画
「イングリッシュ・ペイシェント」の舞台ともなった
トズールへやってまいりました。
山岳オアシス地帯で渓谷があったり滝や小川があったりと
4WDで疾走し大自然を堪能しました。
チュニジアでもアルジェリア国境付近は危険な場所と
言われていたので、少し心配でしたが、普通に観光する分には
何も無かったですね。2010/08/31 05:08:41
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