4WDに関する自動車『トヨタ WiLL サイファ』

  • トヨタ WiLL サイファ

    新世紀のネットワーク社会とクルマの融合をイメージさせる「サイバーカプセル」がテーマのコンパクトカー

    トヨタ WiLL サイファ

    新世紀のネットワーク社会とクルマの融合をイメージさせる「サイバーカプセル」がテーマのコンパクトカー。外観の丸いキャビンと力強いオーバーフェンダーの対比が、ひときわ目を引く。内装も円を基調として先進的なイメージとなっており、全車に標準装備されたテレマティクスサービスG-BOOKに対応した車内端末がさらに未来感を漂わせた。収納スペースを多く確保したり、6:4分割式リアシートを採用するなど、実用性も高い。またオートエアコンやUVカットガラスなど基本装備はほとんど標準装備。エンジンはFFが1.3Lの直4、4WDには1.5Lの直4を搭載。(2002.10)

    ボディタイプ

    ハッチバック

    ボディサイズ

    3695×1675×1535, 3695×1675×1550

    カラー

    ギン, シルバー, コン, 紺色, アオ, 青色, キ, 黄色, ミドリ, 緑色, アカ, 赤色

    排気量(cc)

    1298~1496

    生産期間

    2002年10月 ~ 2003年07月

    その他画像
    • その他画像(リア画像)

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4WD トヨタ WiLL サイファに関する旅行記

9.11 ツイン・タワーの秘蔵写真公開  Memory of...

世界貿易センタービル南タワー107F展望室から見た北タワーの最上部。
2001.9.11のNHKテレビで見た、アンテナが傾きもせず崩落する様子が瞼に残る。
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9.11を前にしてニューヨークの世界貿易センターWTCビルの思い出を題材にした英語スピーチと記録写真を紹介します。
日本語訳は英文の後に記載してあります。

私にとっては貴重な記録写真ですが、秘蔵するより、生きているうちに公開したほうが良いのではないかと考えました。

写真は1994.2月に初めて貿易センタービルを訪れた時のものと、1996.11月に出張の際に、BW社の社用機の丸窓から遠望した貴重な1枚を掲載します。
これは職場の英会話クラブの「5分間スピーチ」の原稿です。
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Memory of the Twin Towers       Jan.31 2002
                     Youji Yamada

This speech is about my memory of the Twin Towers of World Trade Center in New York which were collapsed on 11th September last year 2001 by terrorists who are doubted to be leaded by Mr. Osama bin Larden.

It was on my first visit to New York that I went to the Twin Towers in 1994. In the middle of February, after the evaluation meeting of a new model car, it was Civic, in Los Angels I moved to New York alone in the weekend.
On Monday next week I planned to visit Borg Warner Inc. in Ithaca which is located in the center of New York State to meet President Mr. Ronald Ruzic.
I spent the weekend as a country visitor in New York.

In the week before a cold wave came to New England region.
Prime Minister Mr. Hosokawa came up against a heavy snow on the visit for a top meeting with the president Bill Clinton.
But it was fine during my holidays. The Central Park was covered with snow and water birds were resting on the iced pond.
In the street garbage men were working to clear away the snow on roadside with water jet.

I joined sightseeing tour by bus with Japanese speaking guide.
In the course of the tour I went the Twin Towers of WTC in lower Manhattan. It was very beautiful rising in blue sky.
I will show you some photo later.
From the observation deck on 107th floor I could get unforgettable views in every direction. For example, the Empire State Building to the north, the Stature of Liberty to the south and New Jersey beyond Hudson River to the west.

In that year I was fifty years old and twenty_ five years of service in Honda.
In commemoration of it I got a watch of Rolex.

The second visit to New York was also on the way to Ithaca.
Also in winter five years ago 1996, after a business meeting about lawsuit of a patent at the Headquarter of General Motor Inc. in Detroit I stopped Borg Warner in Ithaca to exchange some of technical information.
There I spent joyful time with the research members of new technology about automotive devices.

On my way back to New York they sent me by the company plane that was equipped with twin engines and seven seats.
While stable flying the veteran pilot, who improved his skill in Vietnam War, proposed me a loop the loop flight.
But I declined it because such acrobat flight would give big stress to my heart.

When approaching to Tater Borrow Airport in New Jersey, which is convenient for access to Manhattan Island, I found distant view of the Twin Towers in a circle window of the plane.
The towers were shining by declining sun in the late afternoon.
That scene was so impressive that I felt the figure to be a lighthouse for homeward flight.

After 11th September the Twin Towers do not exist on the ground already. But the shinning figure will never vanish from my memory. The simultaneous crash by terrorists made us notice that the Twin Towers were a landmark of not only New York but also of the United States.  (original manuscript)

追憶 ツィンタワー  2002.1.31              
これからお話しすることは、昨年2001年の9月11日にオサマ・ビン・ラデンに率いられたと疑われるテロリストによって崩壊された、ニューヨークの世界貿易センタービルに関する思い出話です。
私が1994年にツィンタワーに行ったのは初めてニューヨークを訪れたときのことでした。2月中旬、ロスアンゼルスでシビックの新型車の評価会を終え、週末に一人でニューヨークへ移動した。週明けの月曜日にニューヨーク州の中央部のイサカ市にあるボルグ・ワーナー社のロナルド・ルージック社長に会うために訪問する計画でした。ニューヨークのおのぼりさんとして週末を過ごした。
前の州はニューイングランド地方(アメリカ東部)を寒波が襲い、細川首相がクリントン大統領との首脳会談のため大雪を推して来ていた。
しかし私の休日は天候に恵まれた。セントラルパークは雪に覆われ、水鳥が氷の浮いた池で羽を休めていた。道路の清掃人は道端に積もった雪をウォータージェットで片付けていた。
私は日本語ガイド付の観光バスでマンハッタン南部にある貿易センターのツィンタワーに行った。そのビルは青空に聳え、とても美しかった。あとで写真をお見せします。
107階の展望フロアからの四方の眺めは忘れられないものだった。例えば北にはエンパイアステートビル、南には自由の女神、ハドソン川を越えて西にはニュージャージーが見えた。
その年私は50歳になり、本田に勤めて25年だった。その記念にロレックスの時計を買った。
2度目のニューヨーク訪問もイサカへの途上だった。今から5年前1996年のやはり冬で、デトロイトのGM本社で特許の訴訟交渉のあと、情報交換のためイサカのBWへ寄り道した。
そこでは自動車部品の新技術の研究開発メンバーと楽しいひとときを過ごした。
ニューヨークへの帰途、双発7人乗りの社用機で送ってくれた。安定飛行に入るとベトナム戦争で腕を磨いたベテランパイロットが、宙返りをやってみようかと言ってくれたが、そんなアクロバット飛行は心臓への負担が大きいからと断った。
マンハッタンへのアクセスがよいニュージャージーのテーターボロウ空港へ近づくと機体の丸い窓から、遠くに見えるツィンタワーを発見した。
ツィンタワーは夕日に照らされて輝いていた。その光景はあまりにも印象的で、まるで帰還飛行のための灯台のように思えた。
2001.9.11以後、ツィンタワーはすでに地上には存在しない。しかしあの輝く姿は私の記憶から消えることは決してないであろう。
テロリストによるあの同時破壊は、ツィンタワーがニューヨークのランドマークであったばかりか合衆国のランドマークでもあったことを気付かせてくれた。(日本語訳文)

撮影 CANON AE1-P FD50/1.4(1994) CONTAX RX Planer50/1.4(1996)
編集・公開 2010.8.13

2010/09/09 08:09:56

神奈川県 横浜市 移動販売 クレープ トヨタのお店にて...

神奈川県 横浜市 移動販売 クレープ トヨタのお店での様子です。

トヨタがアメリカで色々あった時期ですがたくさんのお客様が来られていました。
無料配布のキャンペーンです。

http://dream-pinocchio-group.com
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/bethesun
http://dreamlive.web.fc2.com/

2010/09/09 05:09:16

ウィーン・ザルツブルグの旅⑥ベートーヴェンの散歩道・小川...

ベートーヴェンの散歩道に沿った小川  ここで交響曲「田園」の着想を得たという

The brook along Beethovengang where he made idea of the symphony No.6 Pastorale is about 50cm width and runs well.

 ウィーン・ザルツブルグの旅10
2009年10月5~14日
年に一度の今年の海外旅行はクラシック音楽の中でも私がもっとも多くの好きな曲のあるモーツァルトが生まれ活躍したザルツブルグとベートーヴェンゆかりの地ハイリゲンシュタットがあるウィーンを訪れました。
ウィーンは5年前に中欧3国のツアーで一度立ち寄りましたが再度たずねたくなる魅力あふれる街で、今回はオ-ストリア1カ国に絞り、ハプスブルグ王朝の文化遺産と音楽と自然の美しさを堪能した旅でした。
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10月11日(日)
明け方音を立てて雨が降っていたので今日は一日だめかという気がして少々気が重い。
でも8:08の列車でウィーンに戻るのでしっかりと朝食を食べて支度をした。
7時半にチェックアウトして外に出てみると小雨。傘を広げてキャスターケースを押しながら駅に向かった。
切符売り場は臨時のプレファブの建物内でそこには大きなロッカールームがあった。出発は「8:08ウィーン西駅 4番線」の表示で確認した。
車内はガラガラでテーブルのある4人席を最初一人で使った。車内で大いびきをかいて寝ている人がいて、周りの人と顔を見合わせてクスクス笑ってしまった。
座席のあちこちに赤いパンフレットが置いてあるので中を見ると、この列車の終点までの停車駅と時刻、駅ごとの接続列車の時刻などが詳細に記載された時刻表で、終点のウィーン西駅からの空港バスの時刻まで載っている。なんと親切で実用的なのかと感心した。
9時半にリンツ(オーストリアで人口が第二の都市)に着くと一人でいた席に3人家族が着いた。
ウィーン大学の学生であるという娘と父親の写真を撮らせてと頼んだら、娘は「オーストリアのファミリーとして撮って」と言うのに父親は照れて目を閉じてしまった。
撮ったのはほのぼのとしたファミリー写真だ。置き場に困った父親の右手が・・・。
列車は定刻に着き、ウィーン西駅からホテルのあるPilgramgasseまでは地下鉄で4駅と近い。
駅の目の前が今日の4つ星ホテルANANAS。昼前であったがすぐにチェックインできた。豪華さはないが部屋の広さもゆったりとして十分。
なによりバスタブがあるのが気に入った。一週間湯舟につかっていないのでゆったり入って疲れを取りたいと思っていた。
ウィーンに着いたときには雨はすっかり上がり薄日が差していたので、一休みしてから本日の目的地のベートーヴェンゆかりの地ハイリゲンシュタットへ向けて出発した。
市の中心から5Kmほど北にありベートーヴェンハウスと小川に沿ったベートーヴェンの散歩道がある。
ガイドブックの地図を見ながらベートーヴェンハウスを探した。
地元の婦人にたずねると親切に教えてくれた。十字路にある教会が目印で、ベートーヴェンの夏の家(外観のみ)と難聴に苦しみ兄弟宛の遺書を書いた「ハイリゲンシュタットの遺書の家」を見学した。
こじんまりした家でザルツブルグやウィーンのモーツァルトハウスと比べると質素な感じだった。でもデスマスクや遺髪などを見ると真に迫るものがある。

そのあと枯葉を踏みしめながら英雄通りEroicagasseを通って「田園」の曲を構想したといわれるベートーヴェンの散歩道Beethovengangを歩いた。
水の流れは幅50cmぐらいでほんとうに小川だ。周辺は秋の落葉で彩られて、のどかだがちょっとうら寂しさが漂っている。新緑のころはまた異なっているのだろう。
交響曲第6番「田園」は多分春から初夏にかけて書かれたものだろうかと考えた。小鳥のさえずりや雷など生き生きした感じがするので。
西のほうへ更に行くと上り坂となり、小高くなった丘陵地帯にブドウ畑が広がっていた。
住宅街に戻るとさまざまな色合いの美しい家が並んでおり、ウィーンの住宅建築の展示場を見ているようで、しかも自然とよく調和している。
ヤリスYaris(トヨタヴィッツの欧州生産車)の手入れをしている女性がいたので、ヤリスですねと声をかけると、「この車5年前に買ったけれどすごく気に入っているのよ」と笑顔で答えていた。
ワイパーに積もった黄葉が季節感をかもし出していてよかった。
だいぶ歩いて疲れたので、車が通れない小道を通って市電の終点グリンツィングGrinzingまで歩き、駅前のカフェPUCCO’Sに入って紅茶とケーキで一休みした。
帰りは市電38番に乗ってKarlsplatzまで戻り夕暮れ時のオペラ座や周辺の景色を写した。
夕食は初めて日本食をと思って天満屋へ行った。てんぷらメニュー(刺身、ひじきの煮つけ、たっぷりのてんぷら、ご飯に味噌汁)とキリン生ビール、グラス白ワイン(E40)
8時ごろホテルに戻り、フロントで変圧器を借りた。携帯に充電しないとメール写真が写せなくて困っていたところだった。四ツ星ホテルのありがたさだ。
本日の歩数:18136歩


CANON EOS 40D EF-S 17/85 IS USM
編集・公開 2010.6  yamada423

2010/09/09 04:09:48

車で行くグランドサークル周遊の旅 ブライスキャニオン~アンテ...

B'zやグローブ、氷室京介など様々なアーティストのプロモーションでも使われている広大な自然が広がるアメリカ西部。そんな大自然を肌で感じたく、車を使ってのアメリカグランドサークル周遊ツアーを決行しました!今回もツアー任せでなく、ホテルの手配から現地ツアーの予約まで自分らで。しかも今回はバイリンガルが一緒だったので心強い!

あのラスベガスを出発点に4WDで国立公園を回る旅。地球の壮大さと、自分のちっぱけさを痛いほど感じる旅になった。まったく違う風景を見せる国立公園達。何時間走っても地平線しか見えない広大な原野。アボリジニーの聖なる土地で見た神々しい光。そしてアメリカの歴史が残るルート66。

自然大好きなら是非体験して欲しい旅の一つです。

2010/09/09 01:09:09

すんばらしぃ~ Morocco 4日目後半~5日目朝 (エル...

モロッコ滞在3日目後半~4日目前半。
この旅最大のイベント、サハラへGO!
(タイトルの『すんばらしぃ~』は、現地ガイドの口癖)

16時過ぎ、エルフードに到着。
ホテルにチェックインする前に、ホテルのすぐ近くにある化石工場に寄る。
はじめて見る、大きなアンモナイトや三葉虫の化石や、雪花石膏の塊などが。
お土産に、アンモナイトの化石を購入。

翌日、朝が早いので、この日は早めの17時過ぎに、ホテルにチェックイン。
とはいえ、夕食は19時からなので、シャワーを浴びたり、翌日の準備をしているうちに、いつの間にか時間になり、レストランに向かう。
食後、ホテルの売店でジュラバを見ていたら、店員さんが着てもいいと言うので着させてもらうが、高すぎたので、購入は見送り。
部屋に戻って、21時過ぎには就寝。

2時45分のモーニングコールで起きて、3時半、ホテルを出発。
4WDで、40分ほど荒野を走り、ラクダ乗り場に到着。
空は、見たことの無い数の星・星・星!
まさに、満天の星空!
この時点で、26℃くらい。Tシャツで、少し涼しい程度。
順番にラクダに乗り、砂漠を目指す。
坂道を下るときは、振り落とされそうになる事があるので、油断大敵。

30分ほど真っ暗闇の中を進み、砂丘の手前に到着。
砂丘は、自分の足で登るが、いかんせん暗いので、うまく登れない。
砂丘の上で、ラクダを引いてくれていた人が、絨毯を敷いてくれて、その上に座って朝日を待つ。

少し明るくなったところで、添乗員さんからサプライズが。
なんと、砂漠でミントティーを飲ませてくれるというのだ。
道理で、ラクダを引いていた人がポットみたいなのを持っていると思っていたけど、ほんとにポットだった。

1時間ほど待って、やっと朝日が。
20分ほど、朝日を堪能し、再びラクダに乗って帰る。
結局、我々のツアーは、欲張り日本人らしく、砂丘に1番乗りして最後まで居たことに。
帰りも、30分ほどかけて車のところまで戻り、また4WDで荒野を1時間弱走って、7時過ぎにホテルに戻る。
楽しい時間は、あっという間に終わるものだ。
トルコのカッパドキアの気球同様、モロッコに来たら砂漠のラクダに乗るのは、必須条件だと思う。

1度部屋に戻り、シャワーを浴びた後、8時ごろ朝食を食べ、9時過ぎホテルを出発。

2010/09/08 10:09:40

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